崩す
一万円札を出すたびに、床屋の親父に崩してもらってきた。カットは1,350円。
だから千円札を持ち歩くことにした。ジーンズの前の、浅いポケット。
朝の散歩の往路、そのポケットからキャッシュカードが落ちる。二十秒ほどで気付き、戻って拾い、別のポケットへ移す。セブン-イレブンのATMで千円札を下ろし、浅いポケットへ入れる。
復路、二枚ない。三十秒か、五十秒。戻る。かなり戻る。くねった裏道、コンクリート、人通りは少ない。暗渠の上の道だ。何も落ちていない。
警察に遺失届を出す。研修中の女性警官が、隣の男性警官に教わりながら、免許証のデータをPCへ打ち込んでいく。裸の現金は、見つかっても電話は来ないという。
落とし物の制度は、名前の書ける物しか、持ち主へ帰さない。
昼、駅前の三菱UFJのATMで下ろし直す。今度は財布に入れる。
一ヶ月と少しぶりに、親父が店に立っている。肩を壊して休んでいた。伊勢丹で買った煎餅を渡す。マスクが少し下がり、伸び放題の顎髭がのぞく。礼を言われる。
千円札を二枚、機械へ入れる。親父の手作りのカット券が、食券のように出てくる。
前触れもなく、650円が落ちてくる。