obatahi

No. 045 2026.09.13

でも

無機質な会議室だった。窓はあるが外は見えない高さで、机はコの字に並んでいた。テーブルには知らないブランドのお茶が一本ずつ置かれ、キャップが黄色だった。銘柄は思い出せないのに、その色だけが残っている。

自己啓発の研修で、講師が言った。会社員でもアーティストになれる。

昼になって仕出し弁当が配られた。近所から調達したものらしく、まだ温かい。ご飯が柔らかく、箸で持ち上げると米粒が滑り落ちた。机に落ちた米粒を見ながら、講師の言葉を思い出していた。

アイドルでもアーティストと呼ぶ。事務所が呼び、媒体が呼ぶ。歌の巧拙が問われる前に、もう呼ばれている。会社員でもアーティストは逆向きで、こちらは名乗る側から出てくる。片方は価値を足すために与えられ、片方は価値のなさから抜けるために名乗られる。方向は逆なのに、抜け落ちているものが同じで、どちらにも誰かが判定したという含みがない。

二つとも、でもが入っている。でもは一度差を認めてから跨ぐ語なので、跨ぐ必要のない相手には出てこない。ピアニストでもピアニスト、とは言わない。彫刻家でも彫刻家、とも言わない。アーティストという語は、いま、でもを必要とする場所にしか現れない。

語が広がったのではない。でもが要る領域が広がった。

あの柔らかい飯は、誰かが今朝炊いたものだ。炊いた人はアーティストと呼ばれていないし、でもを必要としてもいない。机の上の米粒は、黄色に光って見えた。

nehan