タルコフスキー
保育園に勤めていた。三歳を、通算で二百人見た。同じ月齢の同じ時間帯の、同じ形の泣き方を何度も見た。
迎えに来た親は、その子を一人しか見ていない。初めて見る泣き方を、その子だけに起きた異常として見る。こちらは二百人目の同じ泣き方として見ている。数は多い方にあるが、多い方から少ない方へは渡らない。
子どもがいない保育士がいた。子どもが好きで、自分では持っていない。二百人分の三歳を見て、自分の一人目は持たない。
ナスを輪切りにした。断面に、種が白く並んでいた。
農家は生きている。去年よくできた畝にも、今年また一から植える。
家の中だけで育てるようには出来ていない。出来ていないところに家を建てて、足りない機能を外に頼む。頼んだ分だけ、負けたことになっている。
門のところで、親はその日の一日を聞く。こちらは数百分の一日を答える。大丈夫ですよ、と答える。